2024年7月5日金曜日

植物の成長をみつける目~朝、花のみずやりをする子

春先に子どもたちが植えた植物がすくすくと成長しています。

時期は終わりに近づいていますがイチゴの実がなっていました。 

ふと気が付くと、ピーマンの実、ジャガイモの花も咲いています。

この植物はどんな意図で栽培されているのか、興味が湧くところです。


植物の観察は理科で扱われますが、一般的な授業では、教科書にある実験・観察の例示に沿って問いが出されます。

それは、ものの見方を育むための例示にすぎません。


自然界には多様な不思議があります。

散策などしていて、ふとしたことから、

「あれ?」という気づきがうまれ、

「なぜだろう?」という疑問から、

「調べてみよう」という願望となり、

実験や観察という学びの過程を辿ります。


こうした一連の過程を授業で追体験しているのです。


朝、登校してきた高学年が、

「アルミホイルをかけた葉っぱ、とってこなきゃ」

と菜園の方へいく様子がみられました。

おそらく、実験の準備のためと思われます。

前日の授業から連続的な学びの中で、発見、観察、気づきを繰り返していることが伺えます。


ジャガイモは高学年の学習で、光合成の仕組みを調べる目的で、葉を光から遮蔽する、ビニールを被せるなどの実験のために意図的に栽培されています。

実験が終わったら遮蔽物などは取り徐き、成長を促進する状態に戻します。

こうした実験が終わっても栽培された植物は役目を終えるわけではありません。

例えば、家庭科の調理実習で実ったイモを活用する、社会科での農業学習を入口に、6次産業化、SDGsの視点などから多様な学びにつながるように工夫していくことが可能です。(専門的には教科横断的な学習と言われています。)

もう一つの授業づくりの視点は、教科書から離れて、子どもの追求意欲を喚起することです。

例えば、

ジャガイモは地下茎が太くなった部分を食用にしますが、サツマイモと比較すること、ナスと比較することで、多様なものの見方が生まれてきます。

「ジャガイモは、実か根か茎か?」

という問いが考えられます。

花が咲くということは実(種)ができるということなので、ジャガイモには実がなる、と予想する子もいるでしょう。

土の中にできるから根だという子もいるでしょう。

そういう意見の相違を生み出す授業から、多様性を認め合う関係性が育まれていくと私は考えています。



5日の朝、嬉しいことがありました。
校門をあがる階段に置かれたプランターの花に、
「先生、重いよー」
と言いながら、じょうろをもって、
一人で水をあげにいく3年生の子がいました。

当番なのか、自主的にやっているのかはわかりませんが、
どちらにしても、素敵なことだと思います。

お仕事が終わって階段を登ってきたところで、
「ありがとうね」
と声をかけると、その子は微笑んで教室へと向かいました。


また、週の中頃、他の3年生の子が、地域の人から聞いた話を教えてくれました。

「近くに花がきれいに咲いているうちがあるんだけど、そこの人がね、水やりしていて、

『あつい日は、人間も水がほしいように、お花も水がほしいんだよね』

って言ってたよ。」



子どもの成長をあたたかく支えてくださっている地域の方々に感謝申し上げます。

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